日本は奈良県西部、カーソンシティ。
人口10万人に満たない閑静な土地にその学園はあった。
──聖ネバダ学園
全寮制、かつ進学校という一見堅そうな対外的評価。
しかし、その実は全く異なっており、
公序良俗に即するならば、髪型及び着衣に関しても
生徒の自主性に任せるという自由な校風である。
そして時は、桜の花びらが舞う春。
部室らしき扉の前で立つ少年を、まだ高く昇る陽光が照らし
緊張の面持ちを明るく浮かび上がらせる。
その視線の先には、部活勧誘のポスターだろうか?
──茶道部で自分を見つめ、自信をつけよう!
そう大きく筆で書かれた文字に、柔和な表情をした翁の挿絵が添えられている。
(……ボクは変わるんだ。この、部活で!)
意を決し、少年は扉を開くと、出来る限り大きく口を開けた。
「張り紙を見てきました。入部、き、希望です!」
声変わりしているかわからないほどのハイトーンボイス。
さらに、緊張からか上ずってしまった声が周囲にこだまする。
「……はぁ?入部希望?」
わずかに残響残る室内から返される、呆れたような声。
恥ずかしさから思わず瞑ってしまった瞳を懸命に見開くと
ソコには、畳の持つ和の雰囲気に相反する風貌の少女があぐらをかいて座っていた。
「ちょっと、ハナコちゃーん。いきなりケンカ売っちゃダメだよ〜」
傍らに座った別の少女はハナコと呼ばれる少女の態度を諌めると、
少年に向かって手を振り、笑顔で会釈をした。
「キミ、入部希望なんだよね?ボクは観春っていうんだ、よろしくっ!
少しまっててね、今、入部届けの用紙を〜」
先ほどまで正座をしていたせいか、立ち上がった後もふらふらと揺れる少女。
それにあわせて揺らめく、二つ括りの髪の毛を恨めしそうに見る、件の少女。
「ちょっと、ミハル!アタシのことはティナって呼びなさいって言ったでしょ!」
「え〜?だって、ハナコちゃんはハナコちゃ……ふわっ、あああ〜〜っ!?」
「わっわわわ!」
恨めしそうな表情をしたティナの一撃が観春のひざ裏を襲う。
ふらつきながら歩いていた少女はその衝撃にバランスを崩し、華奢な体がふわりと浮いたかと思うと
蛍光灯の光を遮って出来た影が眼前の少年を覆い、そして闇が彼の視界を包んだ。
「イタッ!!………くない?」
彼を襲うであろう硬質の衝撃を想定し、思わず声を上げる少年。
しかし、頭の前後面をじんわりと圧迫する感触は柔らかく、身構えた少年を戸惑わせる。
「こら観春っ、部室で暴れちゃ危ないでしょって何度言えば!」
部室の扉を開け、中に入ろうとしていたであろう褐色肌の少女は、
突然のウェルカムタックルを繰り出してきた相手を厳しく叱責する。
「ご、ごめんっ!?……でも、これはボクのせいじゃなくてっ!」
「言い訳無用!」
「へぅ!」
キッと切れ長の目をさらに鋭く尖らせ、少女は観春の眉間をコツンとつつく。
「まこっちゃん、ひどいょぉ〜」
「あのね、これが他の生徒とかだったら一緒に倒れてケガしてたかもしれないでしょっ。
タダでさえ部員が少なくて、生徒指導科から目をつけられてるって言うのに……ん?」
「もがもが……」
「あ、あああああああ!?」
観春と自らの胸に挟まれ目を回す少年を見て、素っ頓狂な声をあげる少女。
「大丈夫かっ、少年!?ケガはないか?息はしてるか?脈はあるかー!?」
「まこっちゃん死んじゃう!それ、逆に死んじゃう!」
動転した少女は見当違いな言葉を発しながら、平手で何度も少年のホホを張ってゆく。
「……だ、大丈夫です…………ぉふっ」
最期の瞬間、少年はアルカイックスマイルを浮かべたかと思うと、程なく少女の胸の中で天に召された。
慌てて、人工呼吸をしだす観春。
さらに強烈にホホを張る、まこっちゃんと呼ばれる褐色の少女。
そんな二人を尻目に、冷静にやかんへ水を注ぐハナ……ごほごほ、ティナ。
三者三様の少女らに見つめられ、彼が目を覚ますのは、日の傾きだした夕暮れのことであった。

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